平安時代から『陶器調貢の国』と定められていた美濃に、戦国時代、歴史を語る上で欠かせない人物が現れます。それが、織田信長に仕えた武将、古田織部です。千利休の弟子でもあった彼が、美濃の職人に自由で大胆なセンスの茶器を作らせたのです。「織部」と呼ばれる茶器は、それまで質素だった茶の湯の世界を明るく開放的に一新しました。さらに保護下に置かれた美濃には、戦を逃れて、多くの職人が集まったといいます。 こうして、「織部」のほかにも、日本初の白い焼き物「志野」、「瀬戸黒」、「黄瀬戸」、「天目」など『桃山茶陶』といわれるスタイルが次々に生まれます。桃山時代、美濃の地でみずみずしく花開いた日本の美意識は、東洋のルネッサンスと称されるほどです。
江戸時代に入ると、徳利や盃といった食器や仏具など、日用品の生産が増えて行きます。そして、幕末からは、より白く美しい肌と耐久性を兼ね備えた磁器の研究もいち早くスタート。こうして今では、業務用の大量生産品から、家庭用の日用品、『桃山茶陶』スタイルを受けついだ作家ものまで、実にさまざまな器が作られるようになりました。ちなみに美濃焼のシェアは、洋食器、和食器ともに、国内生産の50%以上。押しも押されぬ日本一の焼きものの産地なのです。 美濃が位置するのは、萬古焼、常滑焼、瀬戸焼など、焼き物の産地が集中する中部。中でも、岐阜県東濃地方で生まれる焼きものを総称して美濃焼と呼んでいます。そのエリアは、多治見市、笠原町、土岐市、瑞浪市の3市1町。そう聞くととても広いのですが、各市の陶磁資料館や美術館をめぐるスタンプラリー※1 や、10月上旬に各地で開催される陶器まつりなど、各市間の観光の連携プレーも整っています。1泊する余裕があるのなら、JR多治見駅、土岐市駅、瑞浪駅と各駅停車の旅を楽しんでみてはいかがでしょうか。
美濃の自然の中、のんびりと散策をしたいなら、駅から北へタクシーで約10分の高田がおすすめです。高田は徳利の産地として有名ですが、今回、もうひとつの名産を発見しました。それは、釜飯の釜。「そういえば、JRの中央本線沿線で釜飯を食べたなあ」と思い当たる人も多いのではないでしょうか。駅弁に使われる陶器の器のほとんどは、こちらの高田で作られたものなのです。 釜飯の釜を作って50年という『丸定製陶所』を訪ねました。昭和30年代の鉄道ブームの頃には、高田の生産量は年間50万個。いまでは20万個ほどに減ってしまいましたが、プラスティックの器では味気ないと、陶器の釜がいままた見直されて来ているそうです。高田でこのような釜が作られるようになったのは、製法の特許を取ったということもありますが、なにより土がいいからなのだとか。「ここで採れる土は、ほかの土とブレンドしなくてもコシが強くて、鋳込みにしてもろくろにしても、形がつくりやすいし、火にも強い。ほかにも料亭などで出されるコンロなども多く手がけていますが、これからは耐火鍋はもちろん、陶器の通気性を活かしたごはんの保存容器としての可能性を追求したいと思っています。」と、工場長は話してくれました。 山道を歩いていると、古い登り窯や天日干しされた徳利の行列といった、昔ながらの素朴な景色に出会えます。ちなみに、多治見駅から高田へと向かう途中には、日本三大修道院のひとつ『神言会多治見修道院』や、庭園の美しい古刹『永保寺』※2 など、観光名所もたくさん。多治見の自然や建築もいっしょに楽しむ寄り道コースのできあがりです。